2006年06月03日

2006年「トンボが消えた日」 日本語を教えてくださるボランティアの方を募集しています!

 2006年『トンボが消えた日』
〜出演者による多国籍日本語朗読劇〜

 1995年の夏「ヒロシマ、ナガサキが二度と再び繰り返されないために、被爆者の体験を語り継いでいこう」という呼びかけに集まった多国籍の若者たちと共に作られた日本語朗読劇です。「二度と、自分と同じ苦しみを地球上の誰にもしてほしくない」と世界の平和を願って語ってくださった被爆者のメッセージと共に、出演者の家族の戦争体験も伝えていきます。
本年度は、韓国、中国、スリランカ 日本 アメリカ ウクライナ、イタリア、ミャンマから出演者が参加し、公演の成功を目指しております。

●公演予定日:初回公演7月22日・ 地方公演を8月上旬予定

※現在、出演者の日本語練習のボランティアを募集しております。

●内 容:出演者が朗読する日本語の発音やアクセントのアドバイスをお願いします。

期間:6月4日から週1回〜2回程度参加

住所169-0075 
  東京都新宿高田馬場1−26−12高田馬場ビル701号
  異文化コミュニケーション誌『プラザプラザ』
『トンボが消えた日』2006 ディレクター大塚 雅一

連絡先:E-mail ma0421sa@hotmail.com
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20005年夏 多国籍出演者メッセージ

アーリーン・ディングラサンさん
(フィリピン/エスニックメディア記者)

趣味:演劇活動、読書(推理小説)

【自己紹介】
私にとって、平和と反戦運動を推進するこの朗読劇に参加するということは、他の人々と協力し、世界平和という、遠大な目標に到達するための私自身の小さな活動です。

【平和へのメッセージ】
 私の祖母は、第二次世界大戦勃発時、たった10歳の小さな子供でした。その年齢では、何が起こっていたのかしっかりとした記憶はありません。祖母が思い出せるのは、いつもみんなで野山を登り、森に隠れていたことです。皆が一日中歩き続け、夜だけは足を止め、睡眠をとり、赤ちゃんに乳を飲ませ、病人を養いました。夜、男たちは、木に登って見張りをしました。見張り役の男は、日本兵が見えたり、何か聞こえたり、異臭がしたりしたら仲間に合図を送り、皆で防空壕に走りこんだり、茂みに隠れたりしました。
 兵士の残虐な行為のため、戦争は、本当に耐え難いものでした。暴行を受けて息も絶え絶えの男たちは、木に縛り上げられ、その目前で、妻や娘たち、10歳の子供までもが、繰り返しレイプや拷問を受けました。空に放られた赤ん坊は銃剣に突き刺されて次々と殺され、辺りに血が飛び散りました。老人は火に放り込まれて殺されました。兵士のあまりの残虐さに、人々の涙は枯れ果て、泣くことさえもできませんでした。
 1945年に戦争は終わり、私の母国は、1946年に独立宣言をしました。戦争のもたらす殺人や残虐行為、権力闘争のすべてが終わったと思った人もいたことでしょう。しかし、本当に戦争は終わったのでしょうか?違います。毎日のニュースが伝えるように、今でも戦争は続いているのです。
 私はフィリピン人です。私は、私が一人で、もしくは、私と誰か数人でどのようにしたら戦争や争いをやめさせることができるのかわかりません。でも、きっと、「きっと」としか言えませんが、私たちみんなが共に行動を起こしたら、その不可能に思える目標に到達することができるのではないでしょうか。きっと。
 そして、私がひとつ言えることは…私は現代社会の女性の一人ですが、フィリピンの歴史のすべて戦争、植民地、受けた残虐行為、人々の暖かさ、大地の美しさこれらすべての要素が、私を一人のフィリピン人として育ててくれました。
「私は自由の国に生まれたフィリピン人。私は、自由が私の遺産となるまで休むことはないでしょう私と私の子供のそのまた子供のために永遠に」 カルロス・P・ロムロの言葉です。
 私はフィリピン人です。



アンドレア・ホフマン
(ドイツ/鍼灸学校学生)

趣味:仏教、ヨガ

【自己紹介】
私は、旧西ドイツの南部で育ちましたが、統一後はベルリンに引越し、日本文化とジャーナリズムの勉強をしました。日本に住んで7年ほど経ちますが、今年の4月からは、鍼と指圧の勉強をしています。私の趣味は、読書、自転車、ヨガと瞑想です。

【平和へのメッセージ】
 世界平和とは、自分自身を知り、受け入れることによって得られる、私たち個人の平和から始まります。私たちや私たちを取り巻く世界、両親、家族、近所、職場などは、お互いの理解を深め、尊敬し合い、調和を目指すべき最初の場所です。平和とは、そういった調和や相手を受け入れることよって得られる結果なのです。平和を目指すということは、家族、見知らぬ人、友達、敵などと区別をせずに、すべての魂が幸せになれるよう各自が努力するということなのです。



オーウェン・シェッファー
(アメリカ/合気道留学生)

趣味:ピアノ、スキューバダイヴィング

【自己紹介】
僕はアメリカの大学生で19歳です。心理学、ピアノ、アフリカンドラム、そして日本語の勉強をしています。新宿・若松町にある合気道本部道場で合気道の稽古をするために、夏休みの3ヵ月間、日本に来ています。スキューバダイビングやシュノーケリングもやりますが、畳の上で過ごすのが何よりも幸せです。また、空いている時間に短編小説を書くのも好きです。僕は、日本のアニメやマンガの大ファンで、僕が日本語を勉強する一番の理由です。

【平和へのメッセージ】
 真実の歴史とは、政府や皇帝、国王や大統領の声明からではなく、日々の生活や、記録、詩などにある、一般の人々の経験や思いの中に見出すことができます。僕らが真実の歴史を理解し、受け入れたときに、初めて、同じことを繰り返さずに済むようになると思います。
 僕は、アメリカの代表としてではなく、真実の歴史の意味を理解したひとりの人間として、この朗読劇に参加しました。この朗読劇の中で語られた戦争と核兵器の現実や、それらが一般の人々の生活に与える影響を理解して、戦争について常に正しい取り組みをしていくことを誓います。
 僕たちは、また僕らの子供やそのまた子供たちも、この歴史から目をそむけてはいません。なぜなら、それらが戦争を行ったり、武器を使ったりすることに対する力を受け継いでいくからです。この歴史を繰り返すことのないように、僕らは、僕らを取り巻く世界に対して、安易になったり、見て見ぬ振りをしてはいけない。もう一度、言います。真実の歴史を理解し、受け入れて、初めて、同じことを繰り返さなくなります。そして、僕らみんなが真実の歴史を理解し、受け入れたときに、不滅の世界平和を見い出すことでしょう。



ハ・サンイル
(韓国/日本語学校生)

趣味:テッキョン(韓国武道)、登山

【自己紹介】
日本へ来てから 4ヵ月になった韓国人です.
1945年の夏も、今年と同じように暑かったでしょう。しかし、60年前の夏は、広島・長崎に原爆が落ちました。その中を力の限り生き抜いた人々の言葉を、今の私たちはどれくらい知っているでしょうか?遠いまぼろしとなろうとしている彼らの体験を、私たちは伝えていきたいと思います。10年前、戦後50年に初演したこの劇が、戦後60年を迎えた今年、復活しました。

【平和へのメッセージ】
 戦争は理由を問わず発生させてはいけません。戦争は人類の悪い欲望です。
核戦争は発生させてはいけない最悪の戦争です。核兵器は生産してはいけません。既に作られた核兵器は当然に皆廃棄されなければなりません。第2次世界大戦が終わっても戦争は絶えることなく、現在も進行中の戦争やテロがあります。科学文明が発達すればするほど、戦争は非人間的で残虐な殺戮をもたらします。戦争そのものの廃絶はすべての人類にとって永遠の願いです。

どうしてこんな事が起こったんでしょうか?
どうしてこんなにたくさんの人が死んだんでしょうか?
どうしてこの未曾有の悲劇を経験しなければならなかったんでしょうか?
私たちはこの悲劇を決して忘れてはなりません。 

 今も多くの国で被爆者や被爆 2世, 3世の人々は苦しい日々を耐えながら懸命に生きておられるのです。今回の朗読劇「トンボが消えた日」の上演は、核兵器廃絶を願う私たち全員の魂の叫びであり、平和を願う祈りです。



宮城英陽
(日本/会社員)

趣味:たき火、居合道

【自己紹介】
この朗読劇を共同開催する「アジア ヴォックス」不動産部門で、主に外国人にお部屋の紹介をしています。ここ数年は仕事に忙殺される毎日で、平和や戦争について深く考える機会は稀でした。今回、社長命令と奇縁とでこの朗読劇に、制作アシスタント兼沖縄人キャストとして参加することになり、改めて原子爆弾の持つ破壊力と投下後の人々の姿を学び、平和への思いを強くしました。沖縄戦とは異なる悲惨極まる世界が60年前の広島と長崎にもあったということを、多国籍の外国人とともに伝えていきたいと思います。

【平和へのメッセージ】
母の故郷、八重山諸島に伝えられる「とぅばらーま」という、戦争などで離れ離れになったときに子どもや、愛する人を思って歌う歌の一節を私の平和へのメッセージとしたいと思います。
「河ぬ水や 海にどぅ溜まる チンダサヨーチンダサー
我が思いや汝にどぅ 染まるイラ マクトゥニチンダサー」 
「月とぅ太陽とぅや 同道通りゃーる チンダサヨーマコトゥチンダサー 
とぅばらーま心ん 一筋あり給りイラ マクトゥニチンダサー」 
(一部改変)




山本あさみ
(日本/劇団員)

趣味:家並み散策、邦画鑑賞

【自己紹介】
29歳の日本人です。京都での大学生時代、演劇に興味を持ち、5年前から本格的に勉強したくて上京しました。
これまで、平和ということを深く考える機会があまりなかった私には、「原爆」「被爆者」というものは、どこかテレビの中での特別なものという印象があったように思います。それらを自分の目の前まで引きずり出してくる、今回の作業はこれまで味わったことのない難しさと尊さを感じました。
一人の人間として、この「トンボが消えた日」に出会えたことに心から感謝しています。

【平和へのメッセージ】
 今回私は、役者としてやりがいのある企画だったから出演をOKしたというのが第一のきっかけでした。ですが、実在なさる被爆者の方が望む“平和”というものを私自身もちゃんと考えようとしないと、台本を読めないと気づき、そこからこの夏、私の“平和”への模索が始まりました。
 そして、私はある言葉に出会いました。10年前の「トンボが消えた日」の初演のドキュメントをつづった本の中にある当時演出なさった方の「人は分かり合えない。だから話し合い、心をぶつけ合う。でも、それでも分かり合えないこともある。だけど、そこに少し変化が生まれるはず。分かり合えないことをあきらめてはダメ」という言葉です。正確に引用できていませんが、分かり合えないことを理解したところから、私たちは他人とともに生きていけるのではないかと思いました。
この作品に出会えて本当に感謝しています。ありがとうございました。



ヨウ・コウ
(中国・上海/早稲田大学大学院生)

趣味:旅行(ヨーロッパに行きたい)、ミュージカル鑑賞(「オペラ座の怪人」が良かった)

【自己紹介】
去年の九月から一年間の交換留学生として早稲田で勉強し始めました。僅か一年間なのに、いろんな人、いろんなことと関わることができるから、満足しました。あさっての帰国の航空券を予約して、これから中国で頑張り続けるつもりです。「トンボが消えた日」は帰国前の最後の美しい思い出になるに違いないと思います。

【平和へのメッセージ】
戦争とは何か?
戦争は軍靴の音、砲撃、爆弾の落下する音
戦争は腐った肉体、呻き、叫び
戦争は詐欺
戦争は略奪
戦争は死亡の文化、文化の死亡
戦争は全ての信仰の破滅
戦争は人間性の喪失
戦争は殺したり、殺されたり、傷ついたり、傷つけられたりする反復
戦争は人々を不幸にする作業
戦争はトンボが消えた日。
 もし歴史が直せるものなら、あの数十年間の戦乱は空白になってほしいと思います。しかし、亡くなった人は既に安眠し、苦痛な人は依然として涙を流しています。歴史の真実に面して、我らはいかに無力でしょう。人間であるなら、生命の尊さを知り、苦しみを知る人であるなら、愛すべきことを、人類と命を愛すべきことを知る人であるなら、言葉に表せない、想像を絶する破壊力を持つ兵器をこの地上から廃絶しましょう。
子供のために、両親のために、生存のために、理想のために、明日のために、平和のために、広島の惨禍を世界中のどの国にも再び起こさないように、我々の声で、一緒に戦いましょう!



ラージャ・スーリア
(スリランカ/会社役員)

趣味:読書(国際政治・歴史)

【自己紹介】
私は世界の政治や歴史に興味があります。あらゆる社会の自由を尊重していますので、世界平和のためのあらゆる活動に貢献したいと思います。また、帝国主義や支配、あらゆる侵略に対しては、絶対に反対します

【平和へのメッセージ】
 最近、「平和」という言葉は、ただの薄っぺらい言葉になってしまいました。だからこそ、平和は、人類の歴史の中のどの時代よりも、現代社会が非常に必要としているものです。注意深く、公平な目で見てみると、今日の世界に、いかに危険で、悲惨で、恐ろしい状況が実在するかわかります。世界のどこを見ても、とても攻撃的で、対立的で、歩み寄る様子はありません。人間は、他の人間に対して対立的です。これはとても悲しいことで、変えていくべきものです。
 世界の先進国、特に超大国と呼ばれる国々が、世界をこのような悲惨な状態にしてしまいました。彼らがその事実について責任を持つのは、当然の義務です。彼らは、過去も現在も、常に世界の平和のためではなく、自分たちの利益を追求しています。国連さえも、今は役に立たない機関になっています。無力で、看板だけの存在になり、世界の大国が奏でるリズムに合わせて踊っているだけのようです。こんな状況下で、世界に平和をもたらすという大きな責任が、我々にはあるのです。最も重要なのは、現実を理解し、不当行為や不公平、不合理に対して立ち向かうことです。それはこの時代に対する、我々の重要な義務です。
 最近は、テロ行為が広がり、平和が押しつぶされています。これについては、私自身が母国・スリランカで体験しました。国際社会と呼ばれる世界の大国が持つ二面性は、大きな負荷となり、スリランカに平和をもたらす妨げになっています。世界的なテロ活動を打破し、ヒロシマやナガサキの悲劇が二度と起きないよう、今日、会場にお越しいただいた皆さんに、手を取り合ってほしいと心から願っています。ヒロシマとナガサキの犠牲者の方々に、心から哀悼の意を述べます。そして、いつの日か、未だかつてないほどに平和な世界が訪れるよう願います。




リモ・マリネリ
(イタリア/作家)

趣味:ヨガ、料理

【自己紹介】
僕は、ローマから2時間ほど離れたイタリアン・アルプスにある、サン・ジョルジオという小さな山村で生まれました。僕の家族は、その村だけでなく、ローマ、ミラノ、トリエスタ、そしてカナダにも住んでいました。僕は今、渋谷のビジネスカレッジで働いて、東京での生活を楽しんでいます。僕の趣味である、ヨガや料理、読書、日本やイタリアの旅行は、いずれもたくさんの素晴らしい要素を持っています。僕は、日本に住めて本当によかったと思っています。

【平和へのメッセージ】
 ヒロシマとナガサキの原爆については、最近のニュースでも、イスラム過激派が攻撃の口実として語っていました。これは、1945年8月6日・9日の魔の2日間に、米軍の手によって行われた犯罪行為が残した負の遺産のひとつです。現在、核兵器は世界中に存在し、世界の平和と協調を脅かす大きな問題となっています。僕が生きている間は、大量殺戮のための武器がなくなることはないかもしれないけれど、未来の世代の人々はきっとその平和な世界を享受するでしょう。僕は今、平和と繁栄のために、みんなが地球社会の一員として力を合わせ、活動することを願います。
 ガンジーは、「よい人々でも行いを誤ると、恐ろしいことが起きる」という言葉を遺しました。だから、ぜひあなたの周りの人たちと、世界の平和について話してみてください。それが最初の一歩だと僕は思います。




堀池美帆
(日本/小学生)

趣味:テニス、お絵かき

【平和へのメッセージ】
平和とはみんなが笑って暮らすこと。また、みんながずっと一緒にいられること。そして、もう二度と戦争をやらないこと。それが平和だと思う。
posted by トンボが消えた日 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 多国籍出演者メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年夏「トンボが消えた日」復活公演レポート

「トンボが消えた日」再演決定!

文:宮城英陽

 仕事が終わり帰り支度をしていた私は、突然社長に呼ばれた。神妙な面持ちで向かうと、当誌の編集長、中村里美さんと堀池社長とが真剣な顔で話をしていた。話の内容は、10年前に初演された多国籍朗読劇「トンボが消えた日」を戦後60年という一つの節目である今年8月に復活させようではないかというものであった。

 この朗読劇は、広島・長崎に投下された原子爆弾の実情を多くの人に伝え、二度と核兵器が使われることのない平和な世界を築きたいと願う被爆者のメッセージをもとに10年前に中村さんがプロデュースした劇である。中村さんの原点は、19年前の22歳の時、100名以上の被爆者に直接話を伺い、その体験やメッセージをアメリカの280以上の小・中・高校や教会を回り伝えてきたことにある。
 出演者が基本的に素人であり、日本人と多国籍の外国人が被爆者の証言を日本語で朗読するというユニークな朗読劇であったため、1995年に初演された時には、NHKを始め民放各局で取り上げられ、中には演劇の舞台裏を2時間のドキュメンタリーにした局もあった。またテレビや新聞で紹介されただけでなく、CNNなど海外メディアの取材を受けた劇であった。
 私は二人の話を聞いて、このような社会的意義のある演劇を、何とか今年再演できないかという思いが体の中から湧いてくるのを感じた。そんな私が社長に呼ばれたのも入社の折り、在沖縄米軍基地に関しての県民投票の際、高校生だった私が「高校生県民投票」の呼びかけをし、その活動をニュース番組の特集で取り上げられたということを覚えていたからかも知れない。戦争の話は、沖縄出身である私にとって近しいものであったが、ここ数年は仕事に追われる毎日で、戦争や平和について考えることはほとんどなかった。これまでの27年間、演劇とはまったく無縁の生活を送ってきた私には、どこまで期待に応えることが出来るか不安はあったが、この「トンボが消えた日」の復活に尽力したいと心から思った。


●多国籍出演者が決定!

 翌日から、私はキャスト兼制作アシスタントとして、朗読劇に出演する外国人キャスト探しに奔走した。
 中国人は、私の中国語の先生である、大学院で『源氏物語』を研究している楊さん。韓国人は、6月に赤ちゃんが生まれ一児のパパになった日本語学校に通う河さん。スリランカ人は、我が社の貿易事業部社員で美味しいカレーを友人にふるまうのが大好きなラージャさん。フィリピン人は、社長の知人でエスニックメディアの記者をしているアーリーンさん。アメリカ人は、日本のアニメが大好きな19歳の合気道留学生、オーウェン君。イタリア人は、料理研究家でありヨガの指導者でもあるリモさん。ドイツ人は、キャスト中最も流暢な日本語を話す、鍼灸学校学生のアンドレアさん。そして日本人は私、のはずであった。しかし日本人の台詞の多くが女性であるということで、日本人は、知人の劇団員山本さんに決まった。日本人役を降ろされた私は、今度は沖縄人役という初演では無かった役で出ることになった。また同じく初演の台本では無かった、6歳で被爆即死した女の子の役を、小学5年生の社長の娘、美帆ちゃんが演じることになった。
 ようやく、全キャストが決定し、初顔合わせをしたときには、上演まで40日を切っていた。手渡された台本を正確に読める人もいれば、ひらがなを読むこともできない人もいた。この状況に、沖縄生まれののんびり屋の私でさえも、果たして間に合うのかと焦った。早稲田大学のサークル情報誌に国際学生友好会「WIC」があるのを見つけ、台本の読み合わせの際に必要となる日本語の発音や意味を教える日本語指導のアシスタントの協力を求めた。
 稽古初日、台本に登場する実在の被爆者、神戸美和子さんが来てくださり、1945年8月6日の出来事を私たちに話してくださった。日本語が十分でない人もいたので、通訳を介してのお話であったが、神戸さんの静かで、やわらかな語り口は、日本語の分からない外国人の心を強く打った。


●「真の平和」とは?

 キャストは決まったが、台本はこれでいいのか。初演された10年前と世界情勢は大きく変わっている。台本の大幅な見直しをする必要があるのではないかという意見が制作サイドから出てきた。とはいえ、台本の作り直しをする時間はない。そこで当初、演出を依頼していた黒田雄二さんに台本の見直しもあわせてお願いすることになった。翌日、彼からメールで「平和について、ひとりひとりどういう考えをもっているのか聞いてくれ」との指示があった。
 数日後、キャストから回答がきた。一読後、「平和」についての各人の考えの違いに衝撃を受けた。特にスリランカ人のラージャさんの回答は、他のキャストと大きく異なっていた。「真の平和はまだ訪れていない、真の平和を作るためには、自分たちの利益だけを追求している政治家がいるという現実を知り、彼らの不当行為に立ち向かうことが必要だ」。故国スリランカの政情不安を反映した考えだった。「平和」は既存のものではないのか。世界には、現在も戦争の危機と隣合わせの国があるという当たり前の事実を、私は忘れかけていた。思えば60年前の夏、私の両親も祖父や祖母に手を引かれ、米軍の艦砲射撃から逃れるため壕から壕へと転々としていた。現代の日本では想像できないような出来事が沖縄で、広島で、長崎で、東京で、至る所で起きていた。今私たちが享受している、この永遠に続くかのように思える日本の平和も、竹島や尖閣諸島の領土問題等がきっかけで戦争になり、60年前と同じような状況になることは大いにあり得る。
 しかし、この現代において戦争をすることが、果たして国家間の問題解決の手段として有効なのか。政治家は国益や大義を訴えて国民を戦争に向かわせるだろうが、それが本当に国民のためなのだろうか、それは一部の政治家のための戦争ではないのか。ラージャさんの、「一部の政治家の利益のために戦争を始めてはならない。私たちは真実を常に見つめていかなければならない」という言葉が心に残った。


●朝鮮人被爆者の体験を台本に 

黒田さんは各人の平和へのメッセージや各人のもつ雰囲気、声、発音の流暢さ等を勘案しながら、パート分けをしていった。フィリピン、スリランカ、中国、アメリカ、イタリア、ドイツ、日本人とパート分けはスムーズに進み、それぞれ個別練習に入れるかのように見えた。
 しかし、韓国人の河さんの顔だけは曇っていた。自分の読むパートに不満があるというよりも、この台本自体に物足りなさを感じているようだった。4回目の稽古の時、付箋がびっしり貼られた一冊の本を私の元に持ってきた。「コレヲ、ミテクダサイ」。広島・長崎で被爆した朝鮮人について書かれた本だった。まだ日本語を習い始めて4ヵ月足らずで複雑な文は読めないはずなのに、1ページ1ページ、丁寧に蛍光ペンでキーワードをマークしてあった。「コレヲ、ミテクダサイ」という、たった一言であったが、河さんの強い思いは十二分に伝わった。
 翌日中村さんと黒田さんに事情を説明し、韓国人被爆者の証言がないかを探していただいた。だいぶ時間をかけて探していただいたが、なかなか使用できそうな適当な証言や詩は見つからなかった。上演10日前、ようやく河さんの思いを伝えられる朝鮮人被爆者の証言が見つかった。パク・ミュンギ氏の『あの日』という文である。これは河さんの思いを伝えるには最高の文であった。
 キャストの祖父母の体験談や、それぞれの思いを反映した文章が新たに加わり、2005年の「トンボが消えた日」が少しずつ形になってきた。また朗読の方でも、初めはひらがなを読むことに精一杯だった人たちも、台本に書かれている内容を理解できるようになり、さらに原爆投下後の状況を想像しながら、被爆者がその時どんな思いで何を感じていたのかを、考えながら読めるようになっていった。
 本番4日前、初めて全員がそろった。海外出張のために、どうしても練習を休まなければならなかったラージャさんも、急用のため一時帰国しなければならなかったアンドレアさんも、それぞれの国で欠かさず練習してくれていたことを知り、胸が熱くなった。


●「トンボが消えた日」復活.....

 本番当日、皆の様子がいつもと違った。自分の台詞を完全に暗記していた自信家のオーウェン君も、目を泳がせて「Are you scared?(こわくないか?)」と、何度も私に聞いてきた。常に冷静沈着だったラージャさんも、「イマ、ワタシノココロワ・・・」と言葉にならない言葉で私に訴えかけてきた。
 前座のチェロとハープの演奏が終わり、私たちを促す司会の声が聞こえた。ひとりひとり舞台に上がり、自己紹介をして着席した。そして黒田さんの奏でるピアノのメロディーの中、楊さんの悲壮な声で、2005年「トンボが消えた日」は静かに始まった・・・。その後のことは私は覚えていない。会場に拍手が溢れ、「トンボが消えた日」は7年ぶりに復活を遂げた。キャスト全員がともに1945年8月の「広島」と「長崎」を想い、そして懸命になって被爆者の証言を朗読した40日だった。

 あの40日を振り返ってみると、朗読劇に出会う前は「広島」「長崎」は私にとって遠いものであった。改めて今、台本に書かれた証言の言葉ひとつひとつを反芻してみると、水が飲めずにうめき苦しむ少年の顔が目に浮かび、焼け爛れた顔のために人生に絶望した女性の苦悶の声が聞こえ、熱線と爆風によって一瞬にしてこの世から消滅した人たちの灰色の影が目の前をちらつく。
 この朗読劇を終えた今、「広島」「長崎」はもはや遠い事柄ではなくなった。キノコ雲の下で即日死亡した21万人の人々の存在。「広島」「長崎」を知る人たちが年々確実に減少しているという事実。この朗読劇に関わる当事者の一人として、来年もまた新しいキャストと共に『トンボが消えた日』を上演し、多くの人々に伝え続けていきたい。
posted by トンボが消えた日 at 17:26| Comment(1) | TrackBack(0) | 公演を終えて(レポート) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月02日

2006年「トンボが消えた日」に向けて

昨年復活を遂げた「トンボが消えた日」の自主公演が今年の夏も行われます。今年は、ウクライナ、中国、韓国、イタリア、ミャンマー、スリランカ、アメリカ、日本の8カ国の出演者が決まりました。
6月4日(日)7時から、高田馬場のPlaza Cafeで行われるインターナショナルトークパーティーの中で出演者と協力者の集いを行います。
当日はテレビ番組の取材も入る予定です。

posted by トンボが消えた日 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月18日

練習風景

公演に向けて頑張っています!

8月の暑い中、毎週、集まって長い時間稽古をしています。
なかなか全員が揃うわず苦戦していましたが、いよいよ動きをつけた立ち稽古に入りました。実際に動いてみると思いのほか難しい!?しかし、幾度もの練習を重ねて、出演者同士でも朗読や発音の意見やアドバイスが飛び交うようになりました。稽古や朗読劇に真剣に取り組む間に、お互いの信頼関係もできてきたようです。

 真剣な面持ちで稽古に励みます。立ち稽古は気も引き締る!

 tachigeiko.gif  yamamoto.gif

 practice2.gif  Kuroda.gif


 稽古の後は、しっかり食べて体力をます♪

 dinner.gif  Birthday.gif
posted by トンボが消えた日 at 04:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月22日

「トンボが消えた日」2005年8月23日公演決定!

多国籍劇団と朗読劇「トンボが消えた日」

 ※公演の詳細は、Plaza Liveのページをご覧ください。8月のPlaza Live


2005年初夏、日本語朗読劇「トンボが消えた日」の公演が決まりました。

この公演に向けて多国籍劇団の出演者やスタッフを決めるため、多くの日本人、外国人の方々とお話し、劇団や公演の趣旨を説明してきました。

この朗読劇が取り扱う、平和や、その対極にある戦争や原爆という題材は、世論にとっても、出演者にとっても重大かつセンシティブな問題です。平和や戦争を語るときに、まずはその事実を知らなければ何も語れない、事実を知るところから始めなければならない…そんな思いから生まれ、語り継がれている朗読劇「トンボが消えたの日」。幾度にも渡る話し合いを重ねて決まったメンバーたちは、現在、8月23日の公演に向けて、猛特訓中です。

朗読劇とは、台本があり、それを読む演劇のスタイルですが、ただ読むわけではなく、出演者がそれぞれに自分の言葉として解釈し、自分の思いを込めて朗読します。今回の出演者は、中国、韓国、フィリピン、スリランカ、ドイツ、イタリア、アメリカ、日本、沖縄の9カ国の若者です(今回は、本土と異なる体験をした沖縄を別の国として数えています)。

practice0731.gif
読み合わせをしている出演者たち。

それぞれに違った歴史や文化の背景を持ち、異なる言葉を喋る出演者たちですが、「平和」という1つの目標に向けて一致団結し、練習に励んでいます。外国人の出演者の中には、日本語があまり話せない人もいますが、早稲田に通う学生さんたちがボランティアで協力してくれ、一人一人の出演者について日本語の指導や練習をしてくれました。

practice07312.gif
ボランティアの協力のもとで練習に励む。
practice0807.gif
出演者はみんな仲良し。/span>


2005年8月23日(火) 
19:00開場 19:30開演

早稲田奉仕園


公演の詳細は、Plaza Liveのページをご覧ください。 >8月のPlaza Live

【出演者】

中国
韓国
フィリピン
スリランカ
ドイツ
イタリア
アメリカ
日本

沖縄


ヨウ・コウ
ハ・サンイル
アーリーン・ディングラサン
ラージャ・スーリヤ
アンドレア
リモ・マリネリ
オーウェン・シャッファー
山本 あさみ
堀池 美帆
宮城 英陽


【制作】

プロデューサー

アシスタントディレクター
デザイン


演出・音楽
演出アシスタント


堀池 尚哉
中村 里美
宮城 英陽
吉田 しんこ


黒田 雄治
飯田 加菜



【協力】
神戸美和子・大塚雅一・安部絢子・高橋美有紀・夏目恵美子・堀池美紀


【主催】
Cross Culture Plaza ・ Asia Vox
posted by トンボが消えた日 at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 掲示板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月12日

学校公演の生徒感想文

小田原市立鴨宮中学校

※写真をクリックすると、別ウィンドウに拡大して表示します。


作文1 戦争について考えた文活

作文1


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作文2 無題

作文2


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作文3 「トンボが消えた日の」感想

作文3


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作文4 無題

作文4


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作文5 無題

作文5


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作文6 無題

作文6


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過去の新聞記事

新聞に掲載された記事の紹介

※写真をクリックすると、別ウィンドウに拡大して表示します。


朝日新聞(夕刊)

朝日新聞(夕刊)


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朝日新聞 1995年4月18日(火)

朝日新聞


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読売新聞(夕刊) 1995年7月20日(木)

読売新聞(夕刊)


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朝日新聞 1995年7月25日(火)

朝日新聞


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中國新聞 1995年8月3日(木)

中國新聞


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朝日新聞 1996年8月7日(水)

朝日新聞


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山形新聞 1998年12月14日(月)

山形新聞


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英字新聞

ASAHI EVENING NEWS 1995年4月19日(水)

ASAHI EVENING NEWS


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週間ST 1995年7月14日(金)

週間ST


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THE DAILY YOMIURI 1995年7月30日(日)

THE DAILY YOMIURI


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2005年07月11日

過去の公演

「トンボが消えた日」過去の公演

公演日・公演場所

1995年 7月25日
  日本青年館(東京)

1995年 8月 5日
  アステルオプラザ(広島)

1995年 8月12日
  町田市民ホール(東京)

1995年10月21日
  鴨宮中学校(神奈川)

1995年11月12日
  中央公園屋外ステージ(福井)

1996年 5月26日
  新宿Fu−(東京)

1996年 7月27日
  日本青年館(東京)

1996年12月 8日
  新宿ガスホール(東京)

1997年 2月10日
  平和会館(長崎)

主催団体


ひらがなタイムズ


日本青年団協議会


町田市公民館 平和を考える市民講座


小田原市立鴨宮中学校


福井県国際交流協会


ひらがなタイムズ


ひらがなタイムズ


ユースホステル協会


長崎在住の有志、平和推進協会



「トンボが消えた日」シナリオ貸出上演

・宮崎県串間市

・埼玉県草加市

・埼玉県浦和市
 (現さいたま市)

串間市青年団

平和団体

さいたまコープ組織部

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2005年05月03日

応募方法

「トンボが消えた日」出演応募方法

 応募方法
<日本語または英語で下記の内容と自己紹介分を、お送りください>
◆お名前/name
◆国籍/nationality
◆生年月日/Day of birth
◆年齢/age
◆性別/sex
◆言語/language
◆特技/Special Ability
◆日本滞在予定期間/How Long will you stay in Japan?
◆日本滞在期間/When did you come to Japan?
◆母国での経歴/Experience in your country
◆日本での経歴/Experience in Japan
◆現在の職業/Ocupation
◆TEL
◆FAX
◆E-mail
◆Mobile
◆Adress
?

◆お問合せ&申込先
E-mail: event@plaplanet.com
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